何かが終わってしまうことや居なくなってしまうことへの不安は、誰しも一度は抱えたことがあると思います。
私は大体のことは「そういうもの、仕方ない」として流せてしまうし「物事には終わりがあるからこそ美しい」とさえ考えているのですが、Aqoursに対してだけはそう簡単には行きませんでした。終わることをあそこまで惜しみ、悲しんだのはAqoursが初めてでした。
何の話かというと聞かれるまでもなくAqoursのフィナーレライブ周りの話です。まりもと申します。あれからもう1年も経ってしまったということでまあ振り返りということで書いております。フィナーレライブが発表されてから開催されるまでの1年、そしてライブが終わってから今日までの1年を合わせて振り返ってみようと思います。
発表~永久hours解禁まで
ひたすら苦しかったです。まあその間も地元愛まつりに行ったり他シリーズの現場行ったりスーパースター3期があったりゲームしてたり蓮ノ空104期活動記録でドカ泣きしたりでAqours以外に意識を向けることも勿論多くありました。いくら何でも濃すぎじゃないか?サムライマック炙り醤油風トリプル肉厚ビーフぐらい濃い。それでも時折思い出してはしんどくなりましたし、発表があった6月30日時点では日程も会場も分かっていない状態。つまりカウントダウンすら出来ないので精神衛生上あまりにもよろしくない。
「地を這ってでも行くから早く日程と場所を教えてくれ」の気持ちと「それを知ってしまったらいよいよ本当に…」の気持ちと「知らせてくれたら心の準備は出来るから早くしてくれ」の気持ちの3つに分かれ混沌を極めていた私は、そのモヤモヤを抱えながら更に約半年生きることになります。
やがて11月。テーマソング「永久hours」のMVが公開され、それから間もなくしてフィナーレライブの詳細がいよいよ発表されました。
永久hours解禁~9周年展示会まで
11月18日0時00分。呼吸を整えてYouTubeを開きMVの公開を待ちました。鬼が出るか蛇が出るか、そんな心持ちで音源初解禁を待った事など後にも先にもこれだけでしょう。別記事にも書いたように「僕らの海でまた会おう」のトラウマを抱えていた私はそういう意味でも気が気でありませんでした。この1曲にAqoursのこれからと俺のメンタルが懸かってる、頼むぞ……そんな心境のまま始まったプレミア公開。
あの日受け取った涙は、ここで手放せました。
いやまあ涙はハチャメチャに流してたんですけど、あれは紛れもなく喜びと感謝と安心の涙でした。5分30秒に渡って流れた映像に収められたのはAqoursの姿だけではなく。見慣れた海、見慣れた街、そしてその街で暮らす沢山の人達。Aqoursが沼津と共に積み上げた10年の総決算でした。これがフィナーレライブのテーマソングなんかでいいのかと思うほどに明るく、楽しく、でもひとつまみ程度の切なさも確かにあって、しかしそれを容易く塗り潰すほどの楽しさ。
「ああそうだった、Aqoursってこういうグループだった」
どうしてそんな当たり前のことを忘れていたんでしょう。自分は今までAqoursの何を見てきたのだと自分で自分を殴りたくなりました。というか多分殴りました。今ならきっとフィナーレを笑顔で迎えられる、笑顔で9人の勇姿を見届けられる。そう確信しました。
不安と涙で前が見えなくなった時、いつだって道を照らしてくれたAqoursにまた救われてしまいました。もう何度彼女たちに助けられたか分かりません。だからこそ、無自覚のうちにAqoursに依存してしまっていたんだと思います。故に「終わり」が来るのが怖かった、嫌だった。Aqoursのいない未来を想像なんて出来なかったから。……今思えばこれすらも大きな間違いだったわけですが。
だいぶ気を持ち直し、ライブに臨む覚悟も強まったところで開催されたのが9周年記念展示会「永久memories」。ここからはその話になります。
9周年展示会~ライブ当日まで
年が明け、いよいよフィナーレライブ本番まで秒読みとなったところで4月末に開催された「Lovelive! Sunshine!! 9th Anniversary Grand Showcase ~永久memories~」。この9年の軌跡を見ずフィナーレライブを迎える訳にはいかないと思いはるばる東京へ。入場して即膝から崩れ落ちてそこからずっと泣きっぱなしで展示を隅から隅まで見て回りました。幾度も折れそうになりながらそれでも諦めず駆け抜けた9年の全てがそこにありました。詳しい内容や感想について書き始めると無限に長引くので割愛しますが、9年の集大成を見届ける前にここに来て正解だったと今でも心底思います。ちなみにこの後無性に沼津の風を浴びたくなって帰り際に沼津に立ち寄りました。東京帰りに沼津へ寄り道出来るのは関西方面住みの利点ですね。
もう十分に気持ちは作れたということで、あとはライブ当日を楽しみに待つことになります。
ライブ本番~ドキュメンタリー公開まで
前日に沼津カチ込んでからついに迎えた6月21日。Day1はチケット戦争に大敗を喫してライブビューイング参戦となってしまったのですが、この時点でもう不安は無く、いつもと変わらないぐらいの気持ちで開演を待っていました。強いて言うならキャストとオタクの体調はめちゃくちゃ心配してた
いざ開演してみればステージ両サイドに大きく映る虹色の砂時計。ライブの進行に合わせて少しずつ砂が落ちていく演出により、嫌でも「終わり」を意識することになります。もう大丈夫だと思っていた自分の心に再び暗雲が立ち込める中、あまりにも静かに開幕したフィナーレライブ。
…そして、そんな不安はパフォーマンスによって容易く消し飛ばされました。洗練され尽くした歌とダンス、太陽のような笑顔。私の大好きなAqoursは何ら変わらぬ姿でそこにいました。「これが9人最後」なんてことを忘れさせるほどに、いつも通りのAqoursでした。
言葉や歌詞のひとつひとつを噛み締めながら、「この公演を見れることをむしろ誇りに思う」とさえ考えていたところでした。しかし砂粒が全て落ち切る寸前、Day2最後の最後に披露された曲「勇気はどこに?君の胸に!」でまたしても意識が良くない方向に向いてしまいます。最早恒例となった合唱、全力で歌わなきゃいけないのは分かっていました。それでも「ここで歌ったら本当に終わってしまう」と急に怖くなって歌えませんでした。ここまで来てなお、終わることへの恐怖を捨て切れていなかったのかと自分自身に呆れそうになる中、それでもライブが終わりに向かっていくことが辛くて悲しくて寂しくて仕方ありませんでした。
そんな自分を救ってくれたのは、伊波杏樹さんと高海千歌ちゃん。大勢のファンが涙を浮かべる様子を見てか「何泣いてんだよ、笑え笑え」とカメラに向かってジェスチャーで伝えてくれました。誰よりもあなたが一番泣きたいだろうに、MCでも涙のひとつも浮かべずいつも通り力強く堂々とした佇まいで「最高のスクールアイドル人生だった」と語ってくれた方が向けてくれた笑顔。あんなの見せられたらもう泣いてる場合じゃないじゃないですか。そこからようやく歌うことが出来ました。数え切れない程に自分を救ってくれたAqoursに報いるために、全力で。笑顔で。
全ての曲が終わり、ステージから去るAqoursの背中を見送った私は信じられないほどにスッキリとした気分で会場を出ました。後悔も未練もない、素晴らしいハッピーエンドを見たような気持ちでした。何より「Aqoursは終わらない」とようやく心の底から実感出来て、とても安心しました。
運命の2日間を終えた私はそれから3ヶ月後、この2日間とそれまでの10年間に秘められた想いを知ることになります。
ドキュメンタリー公開~謎解き街歩きまで
9月26日。シリーズ史上初となるドキュメンタリー映画「Aqours Documentary」が公開。初日に見に行きました。
そこで語られたのは想像していたよりもずっと重く苦しい日々。この作品に関しては同じAqoursオタクの間でも相当意見が分かれるところではありますが、私は「フィナーレと合わせてAqoursを神様にしないための儀式」のようなものだと思っています。永久になるからといって遥か遠くの存在になるわけじゃないし、そもそもAqoursだってただの人間なんだということを改めて分かってもらうために必要なことだったと思います。「神様になる」ってどういうことなのかピンと来ない人もいると思いますが、ファイナル後のμ'sがそれに近いと私は考えます。(かなりデリケートな話題になるので話しづらいですが)
フィナーレ以後も沼津を拠点に活動を続ける以上、全盛期の輝きのまま表舞台を去ったμ'sとは逆の道を行くことになります。Aqoursがこれからもただのスクールアイドルでいられるためにこのドキュメンタリーは必要だったように思います。故に、正直聞きたくなかった話もありましたがそれらも含めて私はこの映画で語られた全てを受け入れました。
これからのAqoursと向き合う姿勢を決定づけたと言ってもいいドキュメンタリーを終え、地元愛まつり2025も終わり、重大事変の連続だった2025年も過ぎ去ったある日、公式からとんでもない発表がありました。1月末で終了予定だった沼津謎解き街歩きの期間を延長する、と。
沼津謎解き街歩き~現在まで
中々沼津に行くためのまとまった時間が取れそうにもなくスルーしていた謎解き街歩きでしたが、開催期間が3月末まで延長されることになり、3月の連休を使って参加することに。しかもAqoursを愛する仲間達と一緒。
そもそもどういうイベントなのかというと、文字通り沼津の街を丸ごと舞台とした謎解きゲーム。そしてこのイベントで描かれたストーリーがとんでもないと開催直後から話題だったので気になってはいました。
Aqoursメンバーの案内に従いながら沼津の街を練り歩いて謎を解き、その流れでAqoursのイベント出演に協力することになる…といった展開。その中で明かされるメンバー達の想い、沼津の人達の温かさ、そして千歌が作りかけていた「永遠の歌」。Aqoursと沼津が積み上げてきた10年の集大成としてこれ以上ないほどの体験であり、大泣きでした。「この謎解きをもってフィナーレライブは本当の意味で完結する」とはよく言ったもので、これ無しで2025年のAqoursを語るなどありえませんでした。(もし参加してない人で詳しい内容を知りたい方はネタバレありで感想を上げている記事を探してみてください)
Aqoursが紡ぐ物語はこれで本当にひと区切り。それでも彼女たちは今も生き続けています。海が、街が、そしてAqoursを愛し続けた私達が在る限り消えることはありません。海のように果てしなく、そして当たり前に存在し続けるのでしょう。私はAqoursと過ごした日々をこの先何度も思い出す。沼津に触れる度に、この街を知るきっかけとなった9人のことを思い出す。それがAqoursが目指し、辿り着いた「永久」だと分かりました。長い道のりでしたが、うるさいほどに眩しい道標がずっとあったものでここまで辿り着くことが出来ました。それから現在に至るまで、Aqoursの事を忘れたことなど当然片時もありませんし、常に自分の原点にはAqoursがいます。Aqoursがいなければ今ほどラブライブシリーズにハマっていなかったかもしれません。他のグループを分け隔てなく応援しているのも、Aqoursが繋いでくれた道だからというのが理由のひとつです。(勿論それぞれ違った理由で好きというのもあります)
Aqoursの話になるとついついどえらい長い文章を書いてしまうので、何だかよく分からない記事になってしまいましたがこれで終わりにします。今なお続くAqoursの旅。この旅路を一緒に歩める人生で本当に良かったと心から思っています。